松阪地区では、地区独特の風習が多数存在します。
ここでは、仏式を中心にその一部を紹介します。

出棺は密葬型が8割です

全国的に見て通常、出棺(つまり、ご遺体を斎場へ霊柩車で運び、荼毘に附す事)は、葬儀終了後が一般的です。松阪地区では葬儀式当日の午前中に出棺・火葬をして、午後から葬儀式を執り行います。

これは、葬儀への考え方が非常に丁寧で、身内だけの仮通夜(身内だけによる夜伽だけの通夜)を1日して、翌日に本通夜(いわゆるお通夜)を行う思想があったのと、非時(ひじ)を配るために1日必要だったので、本来なら本通夜にするところを1日仮通夜としました。
そして、その翌日に本通夜・翌々日に葬儀式とする風習があったため、ご遺体の保存状況が悪くなり、結果として少しでも早く荼毘に附す事が必然として求められたと考えられます。

ただ、葬儀式の前に荼毘に附す場合、どうしても葬儀当日早朝に出棺を行う必要があったため、出棺に立ち会うのは、身内と近所等の親しいごく一部の人達だけとなりました。
いわゆる「密葬(本来の意味は社葬など、後日に「本葬」を執りおこなう場合、先に身内だけで荼毘に附しておくこと)」型の葬儀方式と言えます。

この方式のメリットとしては、「葬儀式後、すぐに納骨・寺参り・初七日法要(繰上げ法要)ができるので、遠方の親戚の方も 最後(納骨・初七日)まで法要に立ち会うことが出来る」が上げられます。

葬儀の流れ

松阪地区の流れ

霊柩車
出棺が密葬型になるため、霊柩車はライトバン型がほとんどで、大規模葬儀などでは宮型の霊柩車(最近は洋バンタイプ)の使用が多いようです。
(尚、宗教者・ご遺族の希望により、葬儀後の出棺になる場合もあります)

オデッセイ型霊柩車
オデッセイ型霊柩車
宮型霊柩車
宮型霊柩車
洋バンタイプ
洋バンタイプ

非時を配る

松阪地区では「非時(ひじ)」を封筒型の袋に記入して事前に配りますが、併せて現金を袋に入れて渡します。これは一種の「訃報通知」で、会葬予定者の家へ葬儀前に隣組(もしくは親戚)の者が配りに行きます。この訃報通知は封筒型になっており、表面に喪主の名前と通知先の代表者の名前、裏面に死亡者の名前・通夜と葬儀式の日取りや会場などを記入します。そして、封筒の中には「足代・食事代」としての現金を入れておきます。この金額には通常、隣組などで規定があります。金額は1000円から10円まで(隣組によって違います)地区の者と他の地区の者では金額を変える決まりがある地区も存在します。また、1000円札の場合は新券を用意するのが一般的です。

非時袋
非時袋
記入例
記入例
最近では地区によって以下のような考え方に、変化している所もあります。

通夜・葬儀式の記帳受付時に、香典を持ってきた会葬者に非時を渡す(事前に配らない)
隣組だけ非時を事前に配り、その他の会葬者には配らない
非時を一切配らない(新興住宅団地等)

また、飯南・飯高地区では同じ「非時」を「会葬礼状もしくは供養品」として表現する場合がございます。
この場合は「封筒式の会葬礼状に現金を同封」する同地域独特の風習で、御香典返しの意味合いも含まれているようです。 (上記の非時袋を配る風習とは異なった意味を持ちます)

なお、お寺様への御布施でも非時をお渡しする場合がございます。
この場合も足代・食事代の意味ですが、通常の場合お供えである御布施とは別の封筒に用意します。
(ご用意する金額に関しては、ご住職とご相談されて準備されている場合が多いようです)

お参りは自分の焼香が終わると、途中で帰る人もいらっしゃいます

焼香

松阪地区では一般の会葬者は自分の焼香が済むと、式の最後まで参列せずにそのまま帰ってしまう場合が多いようです。
以前の松阪地区の通夜と言えば案内時間の一時間前、例えば「お通夜 午後七時から」の場合は午後六時から宗教者のお勤めが行われていました。これは「仏教の教えでは、通夜とは故人との最後の夜であり、お参りの方への挨拶に気を取られずに、故人の事を思いながら儀式に立ち会うのが本来の姿」であるとの考え方を元にしているようです。

また 「出棺は密葬型が8割」でも紹介した通り、密葬型の松阪地区では葬儀式最後に出棺という「お見送り」の風習が薄い地区といえます。そこで葬儀式でも自分の焼香が済むと他にすることがないので、そのまま帰ってしまう・・・というスタイルになって来たようです。

しかし、式の最後にはご遺族の代表者(喪主様)からの会葬御礼のご挨拶もあり、本来のお見送りの意味からも、ぜひ式の最後まで参列していただきたいものです。
(現在も、通夜での宗教者のお勤めが、案内時間の一時間前からの場合もあります)

納骨・初七日法要は葬儀当日の場合もあります

納骨

出棺が葬儀式当日の朝になるため、お昼過ぎからの葬儀式後、納骨・お寺参り・初七日法要を行う場合があります。
この場合、翌日にお寺参り・初七日法要を行わなくて済むので、遠方の親戚の方も法要に参列していただくことが出来ます。
その代わり、朝田寺(ちょうでんじ)へ故人の衣服を納めに行く風習があります。
(尚、宗教者・ご遺族の希望により、葬儀式の翌日以降の法要・納骨になる場合もあります)

多くの宗派が存在します

宗派

松阪市は古くから城下町として栄えてきました。
そのため、多数の寺院・宗派が存在します。
また「出棺は密葬型が8割」でも紹介した通り、葬儀に対する考え方が非常に丁寧という風習が今もあり、葬儀式では最大9名の僧侶によるお勤めとなる場合もあります。

供花は生花が中心です

供花

主に供花として供えられるのは生花が中心で、
樒(シキミ・シキビ)を「樒塔」等として供えらるのは稀です。
また、造花の花輪は飾りません。

供物は籠盛で「菓子」「果物」「饅頭」などです

供物

籠盛はスタンド型・籠型などになっており、葬儀式終了後に親戚・隣組の方が袋に分けて持って帰り、各々の自宅で食べて、供養とします。
また籠盛を菩提寺に初七日法要のお供えとして持って行く場合もあります。

葬儀の際のお香典とは別に、
通夜の際に通夜見舞い(つやみまい)を持参される方も

松阪地区では割合としては少ないのですが、伊勢地区の風習「お通夜見舞いと表書きして持参」するお参りの方もいらっしゃいます。
これは「通夜の夜通し見守りの際に皆さんで食べて下さい」と言う意味の御菓子などを持参したことが由来との説もあり、その由来通り御菓子など食べ物を持参する場合とお香典のように現金を包んで渡す場合もあります。(通夜は看護の延長上なのでお見舞いとして渡し、葬儀にお香典を渡すという意味も含まれています)
ただ、松阪地区全体で行われている風習ではない為、「通夜しかお参り出来ないのでお通夜見舞いとお香典をそれぞれ分けて(つまり1人で2通の封筒)持参する」方や、通夜見舞いではなく「お淋見舞い・夜伽見舞い」として持参する方、また何も持参されずにお参りだけされる方(お香典は翌日の葬儀の際に渡す予定)もいらっしゃいます。
特に正解がある事柄ではないようですので、迷われた際には周囲の方と相談されるのをお勧めします。

神棚封じと共に注連縄(しめなわ)を外します

松阪地区では伊勢の風習から様々な影響を受けています。(通夜見舞い・その場返しに代表される代非時など)その一つとして「注連縄は1年中、玄関に飾る」があります。
これは伊勢神宮のお膝元である伊勢地区は神域であり、歳神様をお迎えする新年だけではなく、いつでも神様が身近にいらっしゃることを意識している為であるとも、蘇民将来伝説で語られる茅の輪が由来だとも言われています。
ただ、両方の説とも神様にまつわる事から、一般に言われる「神棚封じ(神棚の前に半紙を貼り、死の忌みから避ける)」と同じく、葬儀の際には注連縄を外すべきと考えられています。
外しておく期間としては神棚封じが終わる尸揚(忌明け)までとし、一度外しておいた注連縄を再度玄関に飾る場合が多いと思われます。(時期によっては新年を迎える際の新しい注連縄を飾る方法もあります)

朝田寺(ちょうでんじ)へのお参り

道明供養の説明
道明供養の説明
朝田寺本堂
朝田寺本堂
本堂内の掛衣
本堂内の掛衣
庭園(萬祥園)の説明
庭園(萬祥園)の説明

松阪市とその周辺の町村では、葬儀の後に朝田寺にお参りをする風習があります。
朝田寺は松阪市朝田町(あさだちょう)にある天台宗のお寺(牡丹の花でも有名です)ですが、宗派関係なく葬儀式の翌日に身内が故人の衣服を一着持って、お参りに行きます。
朝田寺では地蔵菩薩を祀っており、地蔵様に故人の黄泉路への旅が無事に済むことを願うためだと言われています。このお参り(供養)は極楽への道を開けるお参り、「道明(みちあけ)供養」と本来は称するものですが、通常「朝田(あさだ)参り・朝田地蔵へのお参り」と言われています。
また、故人の衣服は地蔵盆(8月16日~23日)での供養のために、本堂の天井に掛けておきます。これを掛衣(かけえ)と称しており、この風習は三百年以上前から続いています。

朝田寺お参りへの事前準備

前日に電話で予約する
供養のための故人の衣服を一着準備
お勤めの回向料としての御布施と、衣服を供養してもらう為の掛衣料(かけえりょう)を別々の封筒で
故人の戒名(戒名は御回向をあげていただく際に必要)
茶菓子(回向後、親戚と食べて帰る風習がある為)
諷誦(ふじ)を呼んでいただく場合は参列する全員の名前を明記の上、人数×200円の御供えと共に回向前にご住職へお渡し

など
(地区によっては葬儀式の当日に、お参りする場合もあります)

また朝田寺では、お盆の時に自宅で飾った岐阜(盆)提灯を供養してもらう為に、お参りに行く風習もあります。
これは三回忌が終わった後のお盆に、岐阜提灯を朝田寺へ持って行き(8月17日から23日の間)、三回忌の供養をしてもらった上で、地蔵盆の最終日(8月23日)の夜に朝田参りの衣服と共に焼いてもらい、その役目を終えます。

香典返し

香典返し

松阪地区では三十五日(五七日)もしくは四十九日(七七日)に尸揚(しあげ)と称して忌明け法要を行います。
お香典の返しは、法要当日かそれ以降に香典額の半分から三分の一前後にあたる金額相当の商品をお返しします。
(余談ですが、この「尸揚」と言う言葉を「初七日法要の後にいただくお料理(=精進落とし)」と表現する地域もございます)
ただ最近は遠方の会葬者も多く、住所の整理も難しい事と香典返し本来の意味(お参りの方の気持ちに対してのお返し)からも、葬儀式当日の「当日返し(その場返し)」が増えて来ています。

初盆の飾り

松阪地区はお盆は旧盆の風習です。(三重県では大きく見て津市の岩田川を境に、北が新盆・南が旧盆の風習であると言われています)

これらは8月7日まで(8月1日~6日の間)に自宅の仏壇横に飾りますが、岐阜提灯以外は菩提寺の本堂に8月14日・15日に飾りに行きます。
(お寺によっては、本堂に飾らない場合や、飾りの一部分のみを飾る場合もあります)

最後に8月19日~23日頃に、その年に初盆を迎えた檀家一同が集まり、合同でお勤めをしていただきます。
(本堂に飾っている間は、毎日お参りに行きます)
その後、飾りは業者等が引き取りに行き、処分します。

初盆(8月7日~16日)に使用した岐阜提灯は、一周忌が過ぎたお盆・三回忌が過ぎたお盆(14日~16日)にも軒先に掛けるのが本来の使い方です。三回忌後のお盆が終わると、17日から23日の間に三回忌の供養として朝田寺(ちょうでんじ)に持っていきます。
朝田寺に持っていくと、盆提灯を本堂の欄干に掛けてもらいます。これを23日の夜(地蔵盆の最後の夜)に他の初盆飾りや朝田(あさだ)参りで本堂の天井に掛けてもらった衣服と共に焼かれて、その役目を終えます。

初盆飾りの構成

白木の三段(四段)飾りと白木の位牌
岐阜(盆)提灯
葬儀で使用した回転灯・蓮華灯
(他に吊り下げる切子(きりこ)も飾る場合があります)

初盆の流れ

8月1日~6日
 自宅へ飾る

7日
 菩提寺の住職様が自宅に来てお勤めをしていただく
 (ご近所等のお参りがあるのは、この間です)

14・15日
 菩提寺の本堂に飾りを持っていく
 (住職様のお勤めがあります)

19~23日
 本堂で合同のお勤め・飾りは後日撤去
(上記の日にち・飾り内容は目安ですので、お寺によって違う場合もあります)

初盆飾りの例
初盆飾りの例

岐阜提灯
岐阜提灯

白木三段飾り
白木三段飾り

切子
切子

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